劇団みくの第一作『新・羽衣天女伝説』は、地元倉吉市・東郷町に伝わる「羽衣天女の伝説」をモチーフにしています。この哀れな天女の物語は、日本全国、世界各地に残されています。誰でも一度は聞いたことのある物語です。
 新しい世紀、新しい施設(2001年春完成の倉吉未来中心大ホール)で行う、新しいお芝居には、やはり演目も新しいものをと考えました。

 全国よりこの地元に伝わる民話を元にした新作天女ストーリーを募集したところ、全国各地から総数23作の、ラブ・ストーリーあり、ファンタジーあり、バラエティに富んだ応募作が寄せられました。
 最優秀作は
北海道旭川市の東 佐保(あずま さほ)さんの作品が選ばれ、みくの旗揚げ公演はこの最優秀作を原作としています。


影絵ファンタジー・羽衣伝説
〜今よみがえる美しき天女の物語〜
旗揚げ公演
国民文化祭公演


鳥取県倉吉市に伝わる「羽衣天女の伝説」
 昔むかし、一人の農夫が東郷町の羽衣石山を歩いていると、とてもいい匂いがしてきました。あたりを見回してみると、ある大きな岩の上にきれいな着物が干してあり、川辺で美しい女が水浴びをしていました。
 この世のものとは思えない美しさなので、農夫はこれは天女に違いないと思い、干してある天女の羽衣を家に持って帰ってしまいました。
 天女は羽衣を取られたことを知り、「それがないと天に帰ることができません。後生ですから返してください。」と農夫に頼みましたが、農夫は返そうとしません。
 仕方なく農夫の妻となった天女は、二人の子まで生みました。

 何年たったことでしょう。ある日のこと、天女は子供たちに羽衣の在りかを聞いてみました。父親が隠しているのを知っていた子供たちがその在りかを言うと、天女はそれを身にまとい、空に舞い上がりました。
 子供たちは驚いて声を限りに呼び戻そうとしましたが、とうとう天女は天に帰って行ってしまいました。子供たちはたいそう悲しんで、母天女が好きだった笛と太鼓を持ち出し、山の頂上に上がって一生懸命笛を吹き鳴らし、太鼓を打ち鳴らしました。
 けれども天女は二度と帰っては来ませんでした。それからこの山を打吹山と呼ぶようになったということです。打吹山は今でも倉吉市の中央に美しくそびえ立っています。



天女が舞い降り、子どもたちが笛と太鼓を奏でたといわれる打吹山